山崎弘章の自己紹介

初めまして、山崎弘章です。

この記事では、まだ私のことをよく知らないという方に向けて、自己紹介をしていきます。

 

そして、それに付随して、

私が何を考え、何を思いながら生きているのか、そんな私の価値観や世界観もあなたに共有したいと思います。

 

この記事を見て、少しでも私のことを知って頂けたら嬉しく思います。

 

はじめに

私は、3000人以上の方々のマーケティングに携わり、

  • 大手企業
  • 著名人
  • 女優
  • インフルエンサー
  • 中小企業
  • 個人起業家
  • フリーランス

などのあらゆる方々にLINE×SNSのマーケティングを使い認知力向上、集客、売上ア ップのアドバイスをさせて頂いています。

そして、今でこそおかげさまでLINEを使ったSNS戦略なら山崎弘章と言ってもらえるようになりました。

しかし、私もスタートアップ当初は何をしてもうまくいかなかったのです。 2年間以上もの間、毎日借金の電話が鳴り止まない状態で、その日食べていくお金すらないというマネーストレスに追われる日々でした。

 

私がスタートアップした理由

そもそも、なぜ私がスタートアップしたのかというと、障害者の弟のしんじのことがきっかけです。

スタートアップする前の私はリッツ・カールトンホテルという5つ星ホテルのフランス料理レストラン・ラベでサービスマンをしておりました。

 

私はもともと頭が悪く、中学・高校の成績も下から数えた方が早かったです。ヤンキーではないですが、授業を中にじっとしてられないうるさい子でした。

そして一応大学受験はして、大学に入ったもののたった1週間で自主退学したほどです。

 

そんな私が、その当時「日本一のサービスマンになる」という目標を持って毎日サービスの特訓に明け暮れていました。

 

実際に日本一のサービスマンとはどのようなものなかというと、

  • テーブルセッティング
  • お客様のエスコート
  • フランス語or英語でのオーダー
  • 料理の説明
  • デクパージュ
  • ワイン
  • チーズ

などあらゆる試験で総合点数が多かったら日本一のサービスマンになれます。

当時は日本一になるために毎日勉強し、研究しまくりました。

 

今思えば、昔から何かに対して日々勉強することや研究することはこの時に学んだのだと思います。

その毎日の練習と研究の甲斐もあってクレープシュゼットから鴨デクパージュ、いわゆるお客様の前で炎を使ってクレープを作るパフォーマンスをしたり、鴨や羊をさばいてお皿に盛り付けるようなこともしておりました。

 

この当時はサラリーマンだったので、サービスマンはとても忙しくなかなか休みがなかったのを覚えています。

その時、ふとひと段落ついたので久しぶりに実家に帰ることにしました。 そこで久しぶりに母と話をしていて、しんじの話になりました。

 

母「ひろあき、しんじが働き始めたのよ。」

僕「そうなんや、しっかり行ってるんか?」

母「今のところはちゃんと行けてるよ。」

母「ところでしんじのお給料っていくらあるか知ってる?普通の人と一緒で週5働 きに行っての給料よ。」

 

僕はこの時考えました。しんじは障害者なので普通よりも安いんだろうなと。

なので、

僕「10万ぐらい?」

母「違うわよ。それが7000円なの」

 

この時にすごい衝撃でした。

もちろん障害者年金などはもらえますが、たったの7000円なんて。

僕は中学高校時代から、しんじの影響と母に連れられて障害者のボランティアにずっと参加していました。

熊取町のひまわりドームのプールのボランティアや貝塚で開催している運動のボランティアなどです。

その時にいろんな障害を持っている方々を見ていました。

それこそ重度の障害を抱えている方は、自分一人では何もできなく誰かの援助がなければ生活ができないのです それこそ親が亡くなったら、一人で生きていけないぐらいなのです。

 

だからこそこの時により私は深く感じました。

弟を守るのは僕しかいないと。

 

ご兄弟がいる方なら分かると思いますが、弟が一番可愛んです。

可愛いと言っても、すごい生意気で反抗的なんですが。笑

だから漫画のナルトを読んでお兄ちゃんのイタチが弟のサスケに最後に「ごめんな」というシーンですごく泣けます。笑

 

このきっかけで僕は人1倍、将来のことを考えるようになりました。

サービスマンは基本労働時間は長く、長い割には給料はとても低いのです。

このまま日本一のサービスマンになっても 弟を守れない。

 

そこで私は、まずはネットで違う人生の歩み方がないのかを調べました。

もし私が結婚して家庭を持って、さらに弟が働けなくなった場合に面倒を見る場合のことを想像して、一体どれくらいのお金がかかるのだろうと。

そうすると月収として70万は必要だとわかりました。

 

そして弟のことをずっと考えているうちに障害者施設を建てたいと思うようになりました。

母もずっと言っていたことなんですが現実にならずに、私もできたらすごいよねという程度でずっと思っていました。

 

私が弟を守るという思いと重度の障害を持った方々も支援していきたいと思ったのです。

そこで私は 「このままの人生だったらダメだ、自分でもっと稼がないと人の人生を守ることすらもできない」

そう思いスタートアップをしました。

 

スタートアップ当時の私

当時は今と違って当然 知識0、人脈0、経験0、技術0、資金0の状態です。

だからめちゃくちゃネットで調べました。そこで見つけたあらゆる人たちに会いにいきました。

当時の私はわかっていました。「自分で考え実行にしても上手くいかない。だからこそできる人に教えてもらうしかない」と。

 

この時はいろんなところにお金を使いました。

しかしクレジットカードや貯金、金融、あらゆるところからお金を借りて、先行投資だ!と思いお金を払い続けていました。

 

しかし、今から考えるとただのカモだったわけです。

お金は払うが何も教えてくれない、お金払ったその日に連絡が取れない、など多くの失敗を重ねました。

そうしたら借金が500万以上になり、さすがにお金がなくなり支払いも何もできない状態になりました。

ここにきてやっと気づいたわけです。

お金がやばいと。

 

前にも書いた通り僕はバカなので、この時になるまで意味のない投資を続けているということに全然気づかなかったのです。

そこから地獄の始まりです。

 

もちろん私より借金を背負ってもっと辛い思いをしてきた人もいるとは思います。

ですが私の場合、弟を守るために起業したのに自分が借金に追われる日々を送っているという事実に、とても恥ずかしくなり悔しくなりました。

でも、どうしたらいいのかわからないんです。当時の私には一切わからなかったんです。

何をしたら稼げるのか、どんなことをしたら収入になるのか、なんでこんな生活を送っているのか。

 

当時お金がなかったのでスティックパン1袋を何日にもわけて食べたり、100円で3袋入っている焼きそばを6日に分けて食べたりしていました。

今まであらゆるところにお金を出して教えてもらったことはあります 。でも私はバカだからわからないんです。

 

講師がセミナーで話をしている内容は、その現場で聞くとすごい!となるのですが、実際に家に帰っていざやろうとすると、

できないわからない、 自分に落とし込めないんです。

 

情報が断片的にあって、繋ぎ合わせれない 点と点が線にならない。

 

頭がいい人はいいと思います、1言われて10わかる人は。でも私はわからなかった。

だから毎日どんな業務をしたら収益に繋がるのかが全くわかりませんでした。

 

本当に一言で表すと 「わからない」 これでした。

もう何もかもがわからないんです。学んでもわからない、調べてもわからない。

でも、もうわからないをわかるためにお金を一銭も払えない状態でした。

だから自分でもすごく勉強しました。本を読みまくりました、ネットで1から全部調べつくしました。寝る時は音声を聞きながら寝ました。

さらに勉強の仕方から勉強しました。考えることの勉強もしました。

 

本当に思いましたよ。最初からある程度できる人っていうのはすごいなって。

お金がなく借金の電話が毎日鳴る。裁判所から通知がくる生活を2年間しました。

いま考えると本当にバカですよ。

本物の先生に教えてもらっていれば、2年間も時間を使わずたった6ヶ月や1年間稼げるようになっていたでしょう。

 

実感したからこそわかるのは、

お金がない苦しみは本当に辛いものです。

 

さらに僕の場合は、諦めたいという思いしんじのために絶対に成功するという葛藤

理想では弟のためなんて言ってますが、現実ではお金を借りまくって生活している。その理想と現実の差で自分が情けなかったです。

悔しかったし、情けなかった。毎日が辛かった。

 

地獄からの脱却

しかしある時に、その地獄のような生活が一変しました。

みるみる業績があがっていったのです。

 

「何をしたらいいのかわからない」 という状況で気力だけで諦めずに頑張っていた自分が、約年商1200万の売上を上げることに成功したのです。

本当にこの時はすごい嬉しかったです。

先が見えない本当に真っ暗な無の中で、ただ闇雲に走り続けていた中で光が見えたという感覚でした。

 

私はこの時に初めてLINEとSNSに出会ったのです。

厳密にはすでに出会っていて使っていたのですが、全く効果が発揮されず、意味もないことをただ繰り返して投稿しているだけでした。

そのうち効果がないので諦めて触らなくもなっていました。

 

その当時、何を考えたのか?

「僕はお金がないから広告などを使うこともできない。お金をかけずにまず借金を返済できるためにどうやれば月商100万を稼げるのか」

そう考えている時にもう一度LINEとSNSを使おうという気持ちになったわけです。

 

しかし当然また結果が出なかったです。

そして確信もなかったのです。本当にこれやって上手くいくのか?こういう思いだったから深く学ぼうとしなかったんだと思います。

しかしお金もないしスキルもない。

私はコピーライティングのスキルが全然ないんです。 LPもかけないしHPも作れない、メルマガすら書けなかったわけです。

だから最後にこれしかないと LINEとSNSをサービスマンの頃より以上に研究するようになりました。

 

  • 何をどういう内容で投稿したら集客につながるのか?
  • どんなネタでやればお客様に響くのか?
  • 誰にフォローしたら売上につながるのか?
  • この機能をこう使ってみたらどうだろう。

というようにあらゆることを試して試して実践し改善しまた実践しての繰り返しを永遠にやってました。

そうしているうちに独自のメソッドが完成したのです。

 

私は本当に嬉しかった。

当時はまだ借金もたくさん残っていましたが、何より目標の金額を稼げたということが本当に嬉しかった。

なぜなら、これで弟を守れる術を身につけれたわけですから。

 

そこから今日までさらに磨きをかけてきました。受講生から頂いたお金は全て研究に使い、ずっと研究をしてきました。

だから私は貧乏なんです。笑貯金もないし車すらないし時計もない。

 

でもだからこそ、

3000人以上の方々のマーケティングに携わり、

  • 大手企業
  • 著名人
  • 女優
  • インフルエンサー
  • 中小企業
  • 個人起業家
  • フリーランス

などあらゆる方々に、

LINE×SNSのマーケティングを使い認知力向上、集客、売上ア ップのアドバイスをさせていただけて 、LINEを使ったSNS戦略なら山崎弘章と言ってもらえるようになれたんだと感じました。

 

おわりに

ということで長くなりましたが、私が伝えたいことや、何を考えて生きているかをぼんやりと感じることができたでしょうか?

 

このブログを通じて、あなたの人生において、何かきっかけになるような情報を発信できるように、私自身もさらに進化し続けながら精進していきますね。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

山崎弘章